== 旧たてぶえ天国 ==

たてぶえ日本上陸

日本に初めてリコーダーを持ちこんだのはイエズス会の宣教師だと思われるが、特に公になった記録は無い様だ。江戸時代には長崎の出島でオランダ人がリコーダーを演奏したと思われるが、これも具体的なことは分かっていない。


柳生力(やぎゅうつとむ)という音楽の先生が書いた記事によると、1930年代にドイツに留学していた人物がリコーダーを日本に伝えたらしい。そして、戦争中と戦後の様々な試行錯誤を経て、日本で最初にリコーダーが継続的に製造される様になったのは1950年だという。このときの楽器は竹で出来ており、柳生さんの記事と一緒に載っている写真から判断するところでは「バロック式」らしい。名前を「シンキョウ・リコーダー」あるいは「シンキャウ・レコーダー」という。

大量生産が始まったのは1955年からだという。これは日本管楽器、通称「日管」という会社の「スペリオ・パイ プ」という商品で、合成樹脂で出来ており、柳生論文の写真から判断すると「ドイツ式」である。これ以降、日本中の小学校で「ドイツ式」リコーダーが使われる様になり、現在にいたっている。

安達さんによると、日管が最初に「バロック式」リコーダーを製造したのは1962年で、これは売れなかったそうだ(69)。

1960年代以降、日本の小学校では、「ドイツ式」リコーダーと打楽器を使って、屋外で行進しながら演奏する鼓笛 隊が普及した。ルネッサンスやバロックの素朴で柔和な音とはかけ離れた、甲高い音が響きわたった。小生の住んでいる福島県では、1990年代になっても小 学校の鼓笛隊は脈々と続けられていた。体操用の白い半袖シャツと水色の半ズボンを着た小学生の集団がリコーダーと打楽器を演奏しながら街を練り歩くのを見 たことがある。

野や山で心しずかに演奏するために開発された「ドイツ式」リコーダーは、ナチズムと運命をともにし、戦後の日本で甦り、まだ行進曲を奏でつづけている。

          参考資料
安達弘潮. 『リコーダー復興史の秘密: ドイツ式リコーダー誕生の舞台裏』
  東京: 音楽之友社, 1996.
柳生力. 「リコーダーとリコーダー教育のあけぼの: 私の歩みを重ね合わせつつ」
  『リコーダーの本』20 (1982. 10). 草思社.

1999.02.15




1999年に別のサイトで公開した文章を、そのまま再掲してあります。
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