== たてぶえ探偵団 ==

モーリス・アンドレ: 小さなラッパを吹く巨人

先週、
フランスのトランペット奏者モーリス・アンドレが、
亡くなりました。
そこで、
この人について思い出したことを書いてみます。
私はアンドレの生演奏に接したこともあるんです。




大きな眼に太い眉、
にこやかな童顔に、
貫禄のある体型…。
クラシックの音楽家なのに庶民的な雰囲気があり、
モーリス・アンドレ (Maurice André) は大変な人気者でした。
庶民的な雰囲気は、
もともと炭坑労働者だったことと関係があるのかもしれません。

初めての来日は1973年だと思います。
梶本音楽事務所が73年に
「モーリス・アンドレを初めて日本に招く」
自社のウェブサイトで主張しているとおりです。
このころ私は中学生で吹奏楽少年でした。
たぶんアンドレが東京で行なった公演だと思いますが、
NHKのテレビで放送されたのを私は観ました。
曲目は、
ヨーゼフ・ハイドン、
タルティーニ、
テレマンの
トランペット協奏曲でした。

私は、
タルティーニとテレマンという作曲家の名前を、
このとき初めて知りました。
ジュゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Tartini) って、
バッハと同時代の人ですが、
ヴァイオリンを弾く人か、
音楽史に関心のある人ぐらいしか
聞いたことの無い名前だったでしょう。(^-^;)

ゲオルク・フィリップ・テレマン (Georg Philipp Telemann) がリコーダー吹きだったことなど、
知る由も無かったです。

アンコールはジェルヴェーズという作曲家の舞曲で、
アンドレはこれを無伴奏で吹きました。

それから3年後ぐらい、
アンドレが2度目の来日で、
いよいよ私たちの町にもやって来ました。
私はそのころ高校生だったと思います。
それとも高校を卒業して浪人していたかもしれません。
このときは幸運にも前の方の席で聴くことができました。
曲目は、
73年の放送と同じハイドン、タルティーニ、テレマンです。

生で見るアンドレは、
日本人に比べて特に背が高いわけではありませんでしたが、
とても恰幅の良い体格でした。
顔も大きく、存在感がありました。

生で聴く音で印象的なのは
その響きかたでした。
1700席の大ホールでもしっかり後部まで届き、
跳ね返って来る音が聞こえるのです。
しかも決してうるさい音ではなく、
LPレコードで聴いたのと同じ、
まろやかな音色です。
超絶技巧も健在でした。

この日の管弦楽は大阪テレマン・アンサンブルでした。
まず管弦楽だけでバロック時代の作品を1曲演奏し、
それからアンドレが登場して一緒にトランペット協奏曲を演奏というパターンが、
3回繰り返されました。
6曲め、
テレマンの協奏曲を演奏するためにアンドレが登場したときは、
えんび服の胴巻きを忘れたことに本人が気づいてちょっとあわてたんですが、
楽屋まで取りに帰ったりはせず、
そのまま演奏に入りました。
胴巻きは無い方が、
却って呼吸は楽だったかもしれません。
テレマン・アンサンブルの人たちを笑いでリラックスさせる効果もあったでしょう。
あれは本当にミスだったのか、
それとも意図的な演出だったのか、
いまだに謎です。
もっとも、
音の方は完璧で、
ミスは皆無でした。

アンコールも、
73年の放送と同じ、
ジェルヴェーズの舞曲でした。

この舞曲がリコーダーのレパートリーでもあることは、
あとになって知りました。

この日のテレマン・アンサンブルが演奏した曲の中には、
リコーダーが活躍する曲もあり、
[日本人男性のリコーダー奏者が]上半身をくねらせ、
怪しい魔法つかいの様な雰囲気で美しい音を出していました。
私がプロのリコーダー演奏を生で聴いたのは、
この日が初めてです。

その後もアンドレが活躍を続け、
それがいかに素晴らしかったかは、
沢山の人が書いているので、
そちらをご覧下さい。

この人の功績を振りかえって最も重要なのは、
次の3点でしょう:

1. トランペットのために書かれた古い曲を現代に復活させた。
2. トランペットのために書かれた新しい曲を開拓した。
3. トランペットを本格的な独奏楽器としてクラシック界に認知させた。

一つずつ説明しますね。

1. トランペットのために書かれた古い曲を現代に復活させた。

リコーダーと同じで、
トランペットは、
バロック音楽の時代に独奏曲や協奏曲が沢山ありました。
17世紀から18世紀前半です。
それが、
古典派の時代、
つまり18世紀後半になると、
めっきり減ってしまうんです。
名手が育たなくなったのでしょうか。
唯一、
自分で鍵付きトランペット (クラリーノ) を開発した名手がいて、
ヨーゼフ・ハイドンやヨハン・ネポムク・フンメルなどに依頼し、
協奏曲を書いてもらったりしていました。
ベートーヴェンの時代になると、
トランペットは完全に脇役になりました。
オーケストラの中で短い独奏を担当することはあっても、
新しい協奏曲などは発表されなくなった様です。
バロック時代の協奏曲も、
演奏されなくなった様です。

アンドレは、
そういう昔のトランペット曲を発掘し、
コンサートで演奏したり、
録音したりすることで、
音楽史の空白を埋めました。
バロック時代の曲に関しては、
フランスのセルマー社と協力して、
新しい小型のトランペットを開発し、
それを使って演奏しました。
ピッコロ・トランペットです。

2. トランペットのために書かれた新しい曲を開拓した。

アンドレの活躍に注目した20世紀の作曲家たちが、
新しいトランペット協奏曲や独奏曲を書き、
それをアンドレが演奏しました。

3. トランペットを本格的な独奏楽器としてクラシック界に認知させた。

それまでクラシックのトランペット奏者といえば、
名門オーケストラの首席奏者が最高峰だったわけですが、
アンドレは独立した独奏者として長く活躍しました。
アンドレに続く形で、
同じ様に独立したトランペット奏者も少しずつ登場するようになりました。

アンドレは曲によって楽器を使い分けていました。
私はトランペットについてそれほど詳しくないので、
メーカーや型番などは分かりませんが、
ハイドンを吹く時は短かめのトランペット、
バロックを吹く時は文字どおり小さなピッコロ・トランペット、
ポップスを吹く時はコルネットなどで、
どれもジャズや吹奏楽で使われるBフラットのトランペットよりずっと小さな楽器です。
音楽家として巨人と呼ぶにふさわしいアンドレ、
にこやかな巨人アンドレが、
堂々たる体格で、
小さなラッパを手に、
数々の名演を残し、
20世紀後半の音楽界に変革をもたらしたのです。



関連記事
スポンサーサイト

┃ Tag:アンドレ トランペット

┃ テーマ:クラシック ━ ジャンル:音楽

┗ Comment:0 ━ Trackback:1 ━ 17:54:40 ━ Page top ━…‥・

== Comment ==






        
 

== Trackback ==

http://blockflote.blog135.fc2.com/tb.php/66-670e42c4
まとめteみた【たてぶえ天国♪】
先週、フランスのトランペット奏者モーリス・アンドレが、亡くなりました。そこで、この人について思い出したことを書いてみます。私はアンドレの生演奏に接したこともあるんです。
 
Prev « ┃ Top ┃ » Next